未来を拓く:おもしろい授業?おもしろい研究

「意味」の意味とは何か:言語哲学からAIを考える

私は言語哲学という分野を専門にしているのですが、この分野の最大のテーマは、「言葉の意味とは何か」という問題です。そう言われても、抽象的でイメージがつかみにくい、と思われるかもしれません。そこで、こんな風に問いを立ててみましょう。

ChatGPTのようなAIは、言葉の意味を理解しているのだろうか?

この問いに、はっきりYesと答える人は少ないかもしれません。では、答えはNoでしょうか。そうかもしれません。しかし、そうだとすると、何が足りないのでしょう。何を加えれば「意味を理解した」ことになるのでしょう。こう考えると、「言葉の意味とは何か」という問題は工学の具体的な課題として浮かび上がってきます。AIが言葉の意味を理解しているかどうかを調べるにはどんなテストが有効なのか。逆に、どんなテストは有効ではないのか。私は自然言語処理の専門家と一緒にこの問題を検討して論文を書いたことがあります(Saku Sugawara, Shun Tsugita (2023) “On Degrees of Freedom in Defining and Testing Natural Language Understanding”, Findings of ACL 2023)。

それにしても、現在のAIはとても流暢に文章を作るようになりました。何が足りないのかを特定するのは簡単ではありません。とはいえ、AIも万能ではなくて、意外なところに弱点を抱えています。たとえば大きな桁の掛け算です。この弱点は一見したところ意味の理解と何も関係なさそうですが、深いところでつながっているのではないか、と私は疑っています。私たちは原理的にはどんなに大きな数でも、一桁ずつ掛け算と足し算を進めていくことで計算できます。それと似たようなことが言葉の意味理解においても効いていると思うのです。過去に聞いたことのない文章でも意味を理解できる、ということを考えてみてください。現にみなさんは、この文章をはじめて目にしているのに意味を理解できているのではないでしょうか。それは、どんな新しい文章もすでに知っているパーツの組み合わせでできているからです。

どんな言葉の意味もパーツの意味からできている、という考え方を「合成原理」といいます。合成原理は言葉の意味という捉えどころのない研究対象への足掛かりであり、AIが言葉の意味を理解するかを占うカギとなるだろう、といった予想を私は本の中に記しました(次田瞬(2023)『意味がわかるAI入門』筑摩書房)。実は、言語哲学者の間でも合成原理がどのくらいもっともらしいのかは意見が分かれているのです。すべての言語表現の意味がパーツから合成されていると実際に確かめた人はいませんし、そもそも「パーツの組み合わせる」とはどういうことなのか、という点から考え直す必要もあります。それでも、私は合成原理が有用な作業仮説だろうという見通しのもとに研究を進めています。