屋敷林の風景を測る
掲載内容は当時のものです。
私は風景の研究をしています。
まず、そんな学問があることに驚かれる方もいるかもしれませんが、「造園学」という学問分野では庭や公園、それから町並み、田園、里山、さらには大自然や地球環境まで、およそ小から大まですべてのスケールで、人が楽しみ、癒される風景づくりを扱っています。私はその中でも主に、田園や里山、自然地域を主な研究対象としていますが、ここでは富山ならではの田園風景に関わる研究を紹介しましょう。
県西部の砺波平野には、いわゆる「散居村」の風景がひろがっています。水田地帯の中に家々が点在する姿は、集住形態の農村が多い日本の中にあっては独特の風景を形作っています。そして、この散居村の風景を特徴付ける非常に大事な要素が、屋敷を取り囲んでいる屋敷林(地元ではカイニョと呼ぶ)の存在です。この屋敷林の緑があることで、散居村の風景に自然の趣がもたらされ、また立体的な面白さを与えているのです。
もともとは平野を吹き抜ける季節風から屋敷を守るために仕立てられた屋敷林ですが、それ以外にも、落葉や落枝を燃料として利用したり、成長した樹木は建材や道具材などとして使ったり、果樹や薬草を育て収穫するといった用途もあり、山から離れた平野部での生活に欠かせない資源を提供していました。
ですが、丈夫で気密性に優れた家屋が普及したことや、燃料が電気やガスなどに変わったことで、屋敷林の役割は次第に失われていきました。かえって落葉や落枝の処理に手間がかかることや、風が強い時に樹木が折れたり倒れたりして家屋に被害が出ることを嫌って、屋敷林の樹木を伐採する所有者が増えてきています。このままでは砺波平野の個性的な風景が消えていってしまうことになります。
そこで砺波市との連携で、まずは屋敷林の風景の変化を把握するための方法を開発することになりました。といっても、砺波平野全域の屋敷林を樹木一本ずつ調べるのは大変ですし、要は屋敷林の外観がどのように見えるのかさえ評価できればよいので、なるべく労力やコスト的に簡便であることや、地域住民にとっても参加しやすいことを主眼において調査方法を検討しました。
具体的には、屋敷林の東西南北それぞれの面について、外観を樹木の見え方で以下のように5段階でレベル区分することにしました(図1;イラスト作成佐藤陽)。レベル4は該当する面のほぼ全体に建物の屋根の高さを超える高木が植栽され、それがほぼ連続している状態です。レベル3は、該当する面のほぼ全体に高木を中心とした植栽はあるが、高木が連続しておらず隙間が多い状態です。レベル2は、該当する面に建物の屋根の高さを超える高木が数本しかない状態です。レベル1は、該当する面に建物の屋根の高さを超える高木がまったく存在しないが、屋根の高さを超えない程度の中低木や生垣などが植栽されている状態です。レベル0は、樹木の植栽がまったくない状態です。
この方法で、ゼミの学生達の協力を得て、実際に砺波市内のある地区(約80戸)で調査を実施しました。すると現状では、西面と南面には現在でも高木が比較的よく残されていて、約半数の面でレベル2以上、つまり高木自体は残っているのですが、1面全体が高木で覆われているような屋敷林はすでに数少なくなっていました(図2)。
この地区には1980年頃に撮影された37戸分の屋敷林の東西南北各面の写真が残されており、現状と比較することが可能です。全体をとおしてみると、レベル3以上の面数はこの40年間でそれほど減少はしていなかったのですが、レベル2の状態から高木が伐採され、中低木のみになってしまった面が多かったようです。このことで樹木よりも建築物が風景の中で目立つようになってきていて、これまでの風景の雰囲気が変わってきている状況が明確になってきました(図3)。この研究では、調査にかかった労力も計算し、地域住民にもそれほど無理なくおこなえる方法であることも示しています。今後はこのような方法を使いながら、まずは地域住民自身が自分たちの身の回りの風景の変化に気づいていくことが肝心です。できれば定期的に屋敷林の外観をモニタリングして、散居村の風景をどのような形で受け継いでいくのか議論していくことが望ましいでしょう。またその先には、屋敷林に現代的な観点から新しい役割を与えていくこともあわせて考えなければなりません。
風景の研究は、私たちが見ているモノの形だけの研究では終わりません。モノを見、モノを使う人たちの心や行動もあわせて研究し、将来像を描いていくことではじめて未来へと続く風景を作り出すことができるのです。