小さな力で制御する分子連結法の開発に成功 -生体分子の多機能化や高分子材料への応用に期待-
ポイント
- 分子と分子を簡便に連結できるアジド基(注1)は、医薬品や高分子材料の開発に広く利用されているが、反応のコントロールが難しく、様々な機能成分を分子に搭載することは困難であった。
- 小さな相互作用力である水素結合(注2)によって、特定のアジド基だけを使う、もしくは使わないという反応性の切り替えを可能にし、精密連結による分子の多機能化を実現した。
- 生体分子の多機能化や高機能性高分子材料への応用が期待される。
概要
富山大学(学長:齋藤滋)学術研究部薬学?和漢系(生体認識化学研究室)の谷本裕樹准教授らの研究グループは、奈良先端科学技術大学院大学(学長:塩﨑一裕)先端科学技術研究科 物質創成科学領域光反応分子科学研究室の森本積准教授らとの共同研究により、水素結合を応用した有機アジドによる自在分子連結法を開発しました。本研究により、小さな相互作用力である分子内水素結合によるα-アジド第二級アセトアミド(α-AzSA)中のアジド基の化学的性質の大きな変化を利用することで、アジド基を正確に使い分けた分子連結を達成しました。これまで必要とされてきた巨大な置換基がなくても精密な分子機能化を可能にする本研究は、生体分子等への影響を最小限にした機能化につながり、ライフサイエンスや高分子化学などの幅広い分野での応用と発展が期待されます。
この研究成果は、令和3年8月14日付けで英国王立化学会誌Organic Chemistry Frontierにオンライン公開されました。
研究の背景
医薬創薬や高分子材料化学分野を中心に、感染症などの発症メカニズム解明や、よりよい薬の開発に向けた化学プローブや高機能ポリマー素材といった多機能性分子材料を簡単に合成?開発できる化学的手法が強く必要とされています。そのひとつに、クリックケミストリー(注3)を利用して1つの連結ハブ分子へと様々な機能性分子を集積する効率的かつ汎用性の高い戦略があります。
その中で、分子合成とクリック反応による機能連結の簡便さを備えたアジド基(N3)を複数持つ分子、すなわちマルチアジド分子が、様々な成分を集積し分子材料を簡便に合成できるハブ分子として注目されています。しかし、N3の高い反応性はコントロールが困難で、複数のN3基に対し分子が無秩序に連結されるという、製品の品質に対する信頼性に直結する大きな問題があります。その解決策として、巨大な置換基をN3周辺に導入し物理的に遮る方法もありますが、分子の巨大化は生体に対する適合性や機能を左右する分子動態などに制限や悪影響につながるため、精密に位置を区別し、かつ嵩高い分子構造に依存しない分子連結法の開発が急務となっていました。
研究の内容?成果
本研究グループは、有機アジドの研究を継続して行っており、その知見から、小さな相互作用力として知られる水素結合を利用することで、嵩高い分子を用いることなく、N3の化学的性質を変化させることができると考えました。計算化学による検討の結果、α-アジド第二級アセトアミド(α-AzSA)構造には分子内の水素結合相互作用がみられ、それによってN3の化学的性質に関係する電子状態が他の有機アジド分子とは大きく異なることが示唆されました。これを受けた実験化学的な検討の結果、α-AzSAに対する分子連結法を、電子を受け取る求電子反応とした場合では大幅に加速し、電子を与える求核反応の場合では大幅に抑制されるという、反応性の切り替えによって分子連結をコントロールできることを見出しました。
この発見を応用し、α-AzSAを含む2つのN3を持ったハブ分子への機能ユニット修飾を行ったところ、環境に大きな差がなく従来では区別が困難であった場合でも精密に位置を見分けた分子連結を達成しました。さらに、空間的に空いたN3が優先して反応するという従来の常識を覆し、非常に混み入ったN3側だけで分子連結させることもできました。
今後の展開
当グループはこの位置選択的な分子連結を利用して、ジアジドハブ分子に多種の機能を搭載した化学プローブのモデル分子の合成も実証しました。今後は高機能化学プローブやタンパク質など生体分子の多機能化のほか、多彩な機能を備えた高分子材料の開発などへの応用が期待され、広範な研究領域に役立つと期待されます。
用語解説
(注1)アジド基
3つの窒素原子(N)で構成される天然に存在しない人工の原子団(官能基)。本ページでは簡便のためN3とも表している。ノーベル化学賞受賞者のSharpless教授らが提唱したクリックケミストリーにおいて中心的な存在となっている官能基である。速やかに反応して分子と分子を連結できることから、創薬、高分子など幅広い分野で利用されている。このアジド基を持つ有機化合物は有機アジドと呼ばれる。
(注2)水素結合
酸素(O)や窒素(N)などの電気陰性度の高い(電子を多く持った)原子上にある水素原子(H)が、近傍にある電子を多く持った官能基との間で引き合う相互作用のこと。単体では弱い力であるが、多数の水素結合によって強固な構造を作ることができる。DNAの二重らせん構造や水の高い沸点は、水素結合が重要な役割を担っている例である。本研究では、アミド構造のN-HとN3中のN-部との間に生じる相互作用がそれに相当する。
(注3)クリックケミストリー
分子と分子を非常に簡便な条件で強固に繋ぎ止める化学的手法の総称。「クリック」とはパソコンでのクリックではなく、ボールペンにあるようなバネ止め機構でロックがかかる際の音を表しており、よく「シートベルトを“カチッ”と締める」イメージを例に説明される。アジドを含め、こうしたクリックケミストリーによる分子連結反応を「クリック反応」と呼ぶことも多い。
論文詳細
論文名
Taming the Reactivity of Alkyl Azides by Intramolecular Hydrogen Bonding: Site-Selective Conjugation of Unhindered Diazides (DOI:10.1039/D1QO01088C)
著者
前川幸志朗 (Koshiro Maegawa)、谷本裕樹(Hiroki Tanimoto)、 大西誠二(Seiji Onishi)、友廣岳則(Takenori Tomohiro)、森本積(Tsumoru Morimoto)、垣内喜代三(Kiyomi Kakiuchi)
掲載誌
Organic Chemistry Frontiers